ラジオを聞いていると、次のような表現をよく耳にします。
この「ちゃいます」、皆さんも気になったことありませんか?
「てしまう」の基本的な用法は、「完了、残念」などと説明されることが多いと思いますが、上記の例はどちらでもありません。
気になりだすと、いろいろな「~ちゃう」が気になってきます。たとえば
気になると言いつつ、ちゃんと調べていませんでした。
ところが、先月音声コンテンツ用に作っていた自作例文を見直していたら、「てしまう」の例文に引っかかるものがあり、ちゃんと調べてみることにしました。
結果、とても興味深い論文がありました。以下で紹介していきます。
大和啓子. 丁寧体で用いられる「てしまう」縮約形「ちゃう」の配慮機能. 日本語コミュニケーション研究論集. 2021. 10
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/2001454
この論文では、上に挙げたような類の用例も扱われていて、大変勉強になりました。ぜひ論文を直接ご覧になっていただきたいので、以下では肝の部分はあえて触れず、最小限の引用に留めておきたいと思います。
論文では、まず基本的用法を確認したうえで、意味用法の広がりについて言及されています。以下に引用させていただきます。
2.2.肯定的評価・感情の用法への広がり
このように否定的評価・感情を主に担ってきた「てしまう」だが、現代日本語においては、肯定的評価・感情の用法も広く用いられている。
そして、3つの例を挙げたあとで次のように続きます。
この(10)~(12)の用法は、話者が自身の意に沿う事態の完了・実現を好ましいものと評価するものである。何らかの理由でこれまで実現が難しい事態について実現に移し好ましい結果を得ることを表す用法である。
さらに、論文後半では、「ちゃう」の用例分析がされています。その中でも特に興味深かったのは以下の部分です。
4.1.申し出における「ちゃう」の機能
4.2.情報提供における「ちゃう」の機能
論文を読み進めながら、「なるほどー」とモヤモヤが晴れていく感覚でした。「ちゃう」と「てしまう」についての考察もありました。「ちゃう」は、単にくだけた表現というわけではないようです。
こういった用法を授業で扱うかどうかはともかく、学習者から質問が出る可能性はあるのではないでしょうか。この論文は、「どう説明するか」を考えるときのヒントになると思います。
また、論文中で引用されている以下の論文も大変参考になりました。
梁井久江(2009)「『てしまう』相当形式の意味機能拡張」『日本語の研究』5(1),15-30
https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282680764926208
この論文では、近世後期から現代までの口語的資料から用例を採取し、どのように意味機能が拡張してきたか、通時的に考察されています。
今回、この記事を書くにあたって、『日本語文型辞典 改訂版』を見てみたところ、なんと<思いがけず>という項目がありました。以下の3項目に分けて説明があります。
1.完了
2.残念
3.思いがけず
いつの間に(笑)
たしか旧版に<思いがけず>の項目はなかったと思います。旧版はだいぶ傷んでいたので新版を買ったタイミングで処分しており確認できないのですが、大和氏の論文に、以下のような記述があります。
『教師と学習者のための日本語文型辞典』(グループジャマシイ 1988)では、「てしまう」を、〈完了〉用法をもつものと〈感慨〉の用法を持つものとして記述している。
また、『日本語文型辞典』の旧版をベースにした「英語版」を見てみると、そこにあるのは、completion, strong feelingの2項目のみです。
なので、やはり<思いがけず>は改訂版で追加されたものと思われます。「改訂版」、きっと他にもいろいろアップデートされているんでしょうね。買っていてよかったです。
最後にもう一度、論文へのリンクを載せておきますので、ぜひご覧になってみてください。
大和啓子. 丁寧体で用いられる「てしまう」縮約形「ちゃう」の配慮機能. 日本語コミュニケーション研究論集. 2021. 10
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/2001454
■編集後記
この論文を読んだのは、1か月ぐらい前でブログにまとめようかなと思いつつ、そのままになっていました。そのときはわくわくしながら読んだのですが、今回内容をまとめようとしたところ驚くほど覚えておらず、今回改めてメモを取りながら読むことになりました。私の場合、ハイライトだけじゃ頭に残らないようです。